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にじいろちらしずし第1.5弾
第一部 映画『ジェンダー・マリアージュ』上映
第二部 座談会「日本の学校におけるLGBT問題」
8月11日(木)祝日!
午前の部 9時30分オープン、10時スタート
午後の部 13時30分オープン、14時スタート
場所 ウィルあいち 視聴覚ルーム
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参加費(会場費、資料費) 一般1,500円、学生1,000円
お申込み・お問い合わせ
rchirashi★merushika.com
(★を@に改めてください。)
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2013年10月08日

セクシャリティーと資本主義

スミスpです。

 久々に更新します。

 「にじいろちらしずし」では、ジェンダーとセクシャリティーというメインのモチーフに、「消費」というサブ・モチーフを絡ませました。それが腑に落ちた方にも腑に落ちなかった方にも、ぜひお勧めしたいマンガがあります。

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手塚治虫『人間ども集まれ!』


 男でも女でもなく、生殖能力を持たない第三の性。

 それに「無性人間」というレッテルを貼り、大量生産・大量消費する世界。

 そして、人間の究極の「大量消費」としての戦争。

 弱者が強者になったとたんに、かつての強者への迫害を始めるという人間性の皮肉。

 手塚治虫作品の中でも超弩級の問題作ですね。セクシャル・マイノリティー、資本主義、戦争、迫害。一つだけ取り出しても延々作品を描き続けられそうなモチーフを一つの作品にギュギュッと詰め込んでいる。

 何というか、読むのがつらいくらいヘビーな内容なのに、わざとコミカルなタッチで描いてる。ああもう、何て心憎いんだ!

 セクシャル・マイノリティーの問題に関して少し補足すると、この作品の主要なモチーフは、男でも女でもない第三の性なんだけど、第三の性を持つ者は男としてふるまうことも女としてふるまうこともできるとされています。

 『リボンの騎士』のサファイヤが身も心も「女」というカテゴリーにおおむね収まっているのに、ふるまいにおいて性別を越境することを強いられる存在であるのに対して、この作品の第三の性は身も心も越境的であり、ある意味自由な存在なんだけど、後天的に性別を固定される。非常に好対照だと思うわけです。

 『リボンの騎士』の連載開始が1953年で、『人間ども集まれ!』は1967年。『リボンの騎士』はよく「宝塚歌劇の影響下に描かれた」と言われますが、むしろ手塚治虫は性の越境(トランス)に一貫して関心を持っていて、だから宝塚にもひかれたし、『リボンの騎士』も描き『人間ども集まれ!』も描いた、っていうふうに考える方がベターなのかもしれません。

 それはともかく、男でも女でもなく生殖能力も持たないということは、「性別から自由」と言ってもよいはずなのですが、そのような「自由」が、性別を固定的に持っている(不自由なはずの)人々の消費対象にされるという、すさまじい不自由に転化してしまうというのは、非常に示唆的だと思うのです。

空宙玩具TACO 公式(?)Blogから転載しました。


posted by TACO at 01:46| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
たにーさんに借りて読みました。
大量生産されてもマイノリティはマイノリティ。あくまで実験的な存在で社会を変えるほどの力は持たないように描かれていて、選択肢のない人たちが国のために戦うなんて現在の状況に驚くほど似てます。
なるほど〜、性を選ぶ自由がその特異性のゆえにむしろ不自由になってしまうのですね。
Posted by あしか at 2013年10月08日 09:55
学校で借りて読みました。
面白いですね。セクシャルマイノリティの問題に加えて、迫害、差別、戦争…ネタバレになるので核心については書きませんが、商品として消費の対象だった第三の性、「無性人間」が、最後に人間をどうするか。密度の濃いマンガでした。
一つ一つのドラマも濃密なのに、ドシリアスな劇画調ではなく、妙にあっさりしたタッチでコミカルに描かれてるのがなんとも悪趣m…もとい心憎いです。でもそれゆえ、とても読みやすくなっている。
完全版には連載時と単行本収録時との2つのラストがあるそうで。借りたのは単行本収録時のラストしかないので、いずれもう1つのラストも読みたいです。
いやー、マンガはいいですねぇ。
Posted by 66男爵 at 2013年10月17日 20:19
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